気仙沼大島ランフェスタに参加!(後編)

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

5月27日、いよいよ気仙沼大島ランフェスタ当日。
その朝のフェリーで島に着いた人も多かったようで、カラフルなウェアの人達で、受付会場の大島小学校校庭はにぎやか。

今回、復興がテーマということで、被災地でボランティア活動をしているグループの人達も多かったようだ。各地の復興支援Tシャツを着ている人たちの集団をたくさん見かけた。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

小学校には更衣室や荷物預かり所があり、私と、宿が一緒だった女性も、そこで荷物を預けて、スタート&ゴール地点の海沿いの大島ふれあい広場までてくてく。

それにしても天気よすぎ。
雲一つない青空。

前日は夏日になったようだけど、大会当日も朝から気温ぐんぐんあがっていくのがわかる。
ばてないといいんだけど。水分補給しっかりしなくちゃ!

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月) 気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

広場にはいろいろな出店がでてて、無料のお茶などふるまってくれるところも。走り終わった後はエスニック屋台もでるということで楽しみ。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

ここ目指して帰ってくればいいんだね!

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

どうやらこれは、自分のタイムをマグネット板数字か何かで張り付けて記念撮影するためのものらしい。その脇の赤い風船は、ちゃんと椿の形になっている。

取り付けていた女性の方に「椿ですね」と声かけると「わかりますか!よかった。昨日作ってたんですよ」と。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

これは色とりどりの花の鉢植えをランナーが一個ずつ並べて、ランフェスタのロゴマークを花で形作るというもの。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

9時からはスタート前のイベントが始まった。
大会ゲストの長谷川理恵さんや田中律子さんが登場して、みんなでヨガとか。

いろんなコスチュームの人がいたけど、私のお気に入り入りは何と言ってもこの人達。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

気仙沼と言えば「ふかひれ」!

後ろに「ふかひれランナーズ」などメッセージを書いた長い布を垂らして走るようだ。とっても楽しげ。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

あとウルトラセブンは、この後ずっと何度も追い越したり追い抜かれたりを繰り返し、常に私の視界のどこかに登場することになる。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

10キロ&ハーフは10分差でのスタートだったので、
全員でぞろぞろスタート地点へと移動。

人口は3,000人程の島にたくさんのランナー。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

そして遂に・・・

スタート!

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

海を右手に見ながらのスタート。
しばらくはゆるやかな上り坂を、島のメインストリートまで走る。

写真

コースはこんな感じで、スタート地点から島のメインストリートに出た後は、時計回りに2周。そして3周目の途中で折り返してきて、再び大島ふれあい広場まで降りてくるというルートだ。

気仙沼大島ランフェスタのマラソンコースは、震災の影響で完全に舗装されていない道路もありますが、標高235m の大島の象徴である「亀山」を横目に、また全国海水場百選2位の海水浴場「小田の浜海水浴場」を海外線沿いを走る、大島の魅力をたっぷりと楽しんでいただけるコースとなっています。(気仙沼大島ランフェスタ公式サイト「コース」より)

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

山そして海。
自然いっぱいの島のコースは最高だ。

空も真っ青で本当にきれい。
それだけに・・・

ウルトラセブンの赤が映えることったら!!!

前回与論島で、しょっぱな自分的には少し飛ばし過ぎて5キロ手前で少しばててしまったので、今回は思い切りゆっくりスタートを切った。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

走り始めてすぐに驚いたのが、応援してくれている地元のおばちゃん達がどんどんハイタッチしてくれること(ウルトラセブンに限らず)。

まだマラソン大会歴3回目なのでよくわからないんだけど、腰思い切り曲がったおじいちゃんも、路肩に座ったままハイタッチの手を伸ばしてくれるので、この島ではそういう応援が普通なのだろうなあ。

最初私のほうがちょっと照れてしまったけど、慣れてくるとやはり、ハイタッチは声援以上に元気もらえる。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

コース北端まで行って曲がると、下り坂の向こうに、島の東側の海が見えてきた。そして潮風がさあっと吹き抜ける。ウルトラセブンの赤いマントがたなびく。

なんて気持ちがいいんだろう。
この風景と風を自分の脳裏に焼き付けたい。

しかし、海沿いまで下りきると今度は少し衝撃の風景を目の当たりにすることになる。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月) 気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

津波で破壊された建物の瓦礫や車などが分別して山になっていた。

こんな風景は、陸前高田でも大槌町でも嫌と言う程見ているはずなのに、美しい大島の風景にうっかり一瞬、ここが被災地だったことを忘れていた。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

漁業も盛んな島なので、海沿いにはたくさんの漁業施設もあり、個人宅だけでなくそれらもかなり被害を受けたのだろう。壊れた建物などはほとんど撤去されてなくなっていたが、これらを見ると、かなり広い範囲で建物がなぎ倒されたんだろうなということがわかる。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

今回、被災地ボランティアに携わっていた人達もたくさん走りに来ているということもあり、沿道からの声援も「頑張って!」に交じり「ありがとう」というものもたくさんあった。

当初、孤立化した島に海から救援に入った米軍、そして自衛隊。
ボランティアも一年間に大勢きて活動していた島だ。

気仙沼大島から世界に向けての感謝の動画もYouTubeで公開されている。フェリー乗り場のお姉さんが「私も出演してるのよ」といっていた。

▼【気仙沼大島】ありがとうプロジェクト(6分46秒)

↑やばい、ほろっときた・・・。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

給水所では、塩漬けきゅうりやバナナも。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

そして私が宿泊していた民宿こばまがある小田の浜。
右手は建物の土台だけが残っているエリアだ。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

被害は結構高台まで到達してしまっている。
ただ民宿こばまのおじさんの話だと、このエリアでは亡くなった方はいなくて、外海側なので巨大な津波を見て、高いところまで逃げたとのこと。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

エメラルドグリーンの穏やかな美しい入り江を左に見て走る。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

何か所か、特に景色が美しい場所にはこんな記念撮影用看板も。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

そして沿道で応援するおばあちゃん達の前を駆けるウルトラセブン。サービス精神旺盛で、応援してくれる人達の前で止まっては、しゅわっちのポーズをしたり、子供の相手したり。

そのため、何度も追い越し・追い越されを繰り返していた。
テーマソングもずっとかかっているので、気付けば勝手に頭の中でリフレインしてしまうほど耳にこびりついてしまった。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

6キロ半くらいの地点でパトカーが通り過ぎていった。
何かと思ったら「先頭ランナーが通り過ぎます」とのこと。

えええっ!?もう2周目!!!
なんと倍近い差がもうついてしまっていたようだ。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

まあでも私は、とにかくのんびり。
今回はなるべく歩かず走ることを目的にしていたので、最後までばてないことが大事。

沿道の声援も本当にうれしく、にっこり「ありがとうございます!」と返しているとそれだけでパワーがチャージされる。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

おばあちゃんたちの応援も嬉しいし

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

お姉さんたちの応援も素敵!

走ってる自分達も体力使うけど、ずっと手をたたいたりこうして踊り続けている人たちもかなりエネルギー消費するよね。なのに弾ける笑顔ずっとでありがたい。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

給水所には、地元の方だけでなく、神奈川災害ボランティアネットワークの人達などもたくさん。遠野の金太郎ハウスなど拠点に普段は様々な被災地ボランティア活動をしている人達だ。

きっと陸前高田とか大槌町で一緒に活動した人もいるんだろうなと思ったけど、さすがに走りながらではわからなかった。

●5/26出発 宮城 気仙沼大島ランフェスタ運営支援ボランティア | かながわ東日本大震災ボランティアステーション

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

一周したところで10キロコースの人達とはお別れし、ハーフ組は2周目に突入。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

再びあの風が気持ちいい北端の長い下り坂を走りおり、

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

半分を過ぎた11キロを通過したあたりで、写真を撮っていたiPhoneの本体とシートの間に汗が入り込んでしまい、タッチ操作が全く使えなくなってしまった。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

それまで、TwitterやFacebookに写真付きで投稿していたのができなくなり、ちょい凹んだけど、この写真を最後に、後は走りに専念した。

最後尾グループだったこともあり、沿道の人達はもちろん、走り終わってフェリー乗り場に向かう10キロコースの人達からも「頑張って!あと少し!」の声援をもらいながら、最後まで気持ちよく快走。

「最後は笑顔でゴールだ~!」との声援に「はい」と答え、

にこにこしながら勢いよく走り込みゴール!

> 続く

雲一つない大空の下、海や島風景を眺め、たくさんの声援にありがとうと言い続けながら走り続け、気持ちよくゴールに駆け込んだ。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

タイムは2時間37分19秒。

与論島が50分だったので13分縮まったが、うーん、与論島の時より歩いてしまった時間はずっと短いので、もっとタイムよくなると思ったんだけどなあ。

まあ脚も痛くならず、それほどきつくもなく
気持ちよく走れたんだからいいか。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月) 気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

舞台ではイベントが始まっていた。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月) 気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

そして無料のわかめ汁。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月) 気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

食べ物もいろいろ。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

こちらも無料のまぐろ兜焼き。
スタート前からおじさん達がアルミでくるんでドラム缶の中で大量に焼いていたものだ。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

特大のまぐろ。
ビール買って飲みながら食べたけど、脂&コラーゲンもたっぷりで美味しかった!

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

島外から来ている人は、電車の時間などもあるのか割と早くにひきあげた人も多かったけど、ゆっくりできる人達は用意されたテーブルや、芝生の上に敷物敷いて、まったり宴会なんかも。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

私は14時頃まで広場をぐるぐるまわった後、フェリー乗り場に向かった。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

実は14時半のフェリー狙いだった人が一番多かったようで、炎天下の中、2隻のフェリーを見送る羽目に。それでもピストン輸送のフェリーは次から次に現れ、15時半頃の便に乗ることができた。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

フェリー乗り場からは一ノ関行きのバスも往復。
私は22時半頃の高速バスでそれまでかなり時間があったので、脚は痛かったけど気仙沼市内を再び散策することに。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月) 気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月) 気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月) 気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

気仙沼湾を見下ろす五十鈴神社は、こんもりとしげった森に覆われた清らかな空間だった。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

ここで30分ほどだろうか。
海を見ながら足を休めた。

▼NHKニュース 宮城県気仙沼市の火災 撮影 陸上自衛隊東北方面隊(17分10秒)

私たちがあの日の夜見た気仙沼は、数キロにわたって火の海に飲まれた風景だった。ヘリコプターからの映像を見て、地上にいる人達はどうなってしまっているのだろうと思い、涙がでてきたのを思い出した。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月) 気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

もともと、フェリー乗り場すぐの気仙沼プラザホテルの展望風呂の日帰り入浴を使うつもりだったのだが、午後の部の受付けは15時で終わってしまっていて間に合わなかったので、今回はその奥にある、ホテル観洋のお風呂に入った。

気仙沼プラザホテルのように港が一望できるわけではないが、
なかなか気持ちよい温泉。

夜は復興屋台村の中の韓国料理のお店でビールとキムチ炒飯。
そして高速バスに乗り再び東京へ。

今回人生で二度目の島マラソン大会だったけど、本当に参加してよかった。

気仙沼大島ランフェスタ(2012年5月)

いろいろな方にお会いして話もでき、気仙沼大島の美しい自然も満喫。この島にまた今夏、再びたくさんの観光客がやってきて盛り上がるといいなと思う。

●気仙沼観光コンベンション協会

私もまたやってきたい。
そして島マラソンは本当に楽しい。また走るぞ!